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断想

道徳に対する僕の葛藤

道徳。僕はそれを守るのが当たり前だと思っていた。人が困っていたら助けたいし、嘘はつきたくないし、だれかを傷つけたくはない。それを否定しようという考えが頭の中に浮かんでこないほど、道徳を守るのが当たり前だと思っていた。

世の中には詐欺師と呼ばれる人たちがいる。僕にはその人たちの気持ちが全く理解できなかった。その人はどんな気持ちで生きているのか、全く想像できなかった。勧善懲悪なのっぺりした悪が向こう側にいるものだと思っていた。詐欺師に対して同一化するなんて全くできなことだった。僕はいつも詐欺師を糾弾する正義の味方だった。

そんな考えが子供ぽかったのだなと今では思う。道徳は守るべき拘束力なんてないし、人から評価されるから道徳的なのだろう。詐欺師にだってのっぴきならない理由があるだろう。もちろん、ろくでもないところがあったり、性格的な欠陥がどこかにあると言われるかもしれない。それでも僕は詐欺師に対しても、もし僕が詐欺師だったらという想像力や共感を働からせるようになってしまった。裏を返せば、自分にも詐欺をする芽があるということだろう。自分の中の悪が僕は許せない。しかし最近は悪が僕の中で一番を占めている気がする。

それでも道徳を捨てたわけではない。それどころか、僕の生きる意味は道徳にしかないようにも思う。しかしそれは幻想でしかないということの証拠のほうがだんだん積み重なっていく。道徳とは理屈でどうこうとしようとする小賢しい奴には開かれていない何かなのかもしれない。そうだったら、僕は少し救われるかな。

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