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アトロク ラジオ

疎遠の何とも言えぬ悲しさ

今回はラジオ番組の「アフターシックスジャンクション」、通称「アトロク」のとあるコーナーのについて書いていきたいと思う。

それは「疎遠」というコーナーだ。「疎遠」とは、かつて仲の良かった人との関係が、疎遠になってしまうまでのエピソードを紹介する、なんとも言えない後味を残すコーナーだ。アトロクリスナーの人なら、2020/09時点になんで「疎遠」なんだ、随分前のコーナーじゃないか、と思われるかもしれない。しかしふと思い出してしまったので、今書きたい。結構前のエピソードであるが、僕の中に残っているものを一つ紹介する。詳細は違っているかもしれないが、あらましはこうだ。


大学時代、Aさんは漫研に所属していた。Aさんには、尊敬できるBさんという友達がいた。Bさんは漫画が大変うまく、その絵には、何か輝くものがあった。AさんはBさんと意気投合し、楽しい学生時代を送ることができた。しかし大学を卒業してから、お互い会うこともなくなり、しばらくの年月が流れた。そんなある日、Aさんのもとに急にBさんが現れた。突然の再開に喜ぶAさん。しかし、その喜びはすぐに消え去ってしまった。BさんはAさんに、とある自己啓発セミナーを勧めだしたのだ。Aさんは断りを入れるが、それでもしつこく勧誘するBさん。ついにAさんも我慢ならず、「出ていけ、二度と顔を見せるな」と怒鳴って追い出してしまった。おずおずと帰っていくBさん。あのころとはすっかり変わってしまったBさんに、Aさんはひどく落胆してしまった。もうBさんには会うことはないだろう、そう思っていたAさんだが、数年後コミケに行ったとき、同人誌を販売してるBさんを偶然にも発見した。かつてはうまかったBさんの絵。しかし今のBさんの絵には、あの頃の輝きが失われてしまっていた。


書いていてより確信を増したのだが、これは実際のエピソードではないような気がする。ほかの疎遠エピソードも混ざり合った、アマルガムなエピソードであるような気がしてならない。仕様がないので、このまま話を続けます。

僕はよく現実逃避をする。僕の場合は、ラジオを聴いたり、本を読んだりすることが現実逃避だ。ここじゃないどこかに思いを馳せることで、気が少し楽になる。みなさんにも何かしら逃げ場所があるだろう。素晴らしかった過去を思い出すことも、現実逃避の一つだろう。

しかし、疎遠のエピソードは、過去への現実逃避を不可能なものにしてしまうのではないか。

逃避したくなるような現実と逃避先の過去が全く無関係であったなら、過去への逃避も可能だろう。だが、悲惨な現実と素晴らしかった過去が同一のものであったとすると、悲惨な現実によって素晴らしかった過去も、同時に汚されてしまうのではないか。たとえ過去に逃避したとしても、もうあのころのような気持ではいられないのではないか。現実の喪失は仕方がない。世の中は諸行無常だ。それに対して、過去は変えられないはずだ。かつての成功も過ちも、変えることはできない。過去は変更不可能だ。そんなはずの過去が、現実の喪失に伴って色を変えてしう。

かつては尊敬していた人の絵が、見る影もない絵に変わり果ててしまい、もうかつての輝きは失われてしまっている。そのことが、かつての素晴らしかった絵の輝きさえも奪ってしまうのだ。

変更不可能なものの変更。それが疎遠の何とも言えぬ悲しさを醸し出しているのかもしれない。

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